2009年11月30日月曜日

16. 服がない。

3日後の夜にグラムから電話。

明日、病院から出されるんだ。
だが、服がないので看護婦さんが探してくれている。

どうして服がないの?


”よく覚えていないんだが、どうやらパジャマでここに来たらしい。”

どうしても明日、出て行かないといけないの? 居候しているところの友達は服を届けてくれないの?

”彼は今、カリフォルニアにいる。”

それで、私が服を持っていかなければならないのね? でも、持っていけるのは夕方になるわ。ケントをキャンプに連れて行って、迎えにいかないと行けないから。 Detoxに移るんじゃなかったの?

”明日、出て行けと言われてるんだ。
病院はそういつまでも置いてくれないんだ。
君のところにPが帰って来るまで、泊めてくれないか?”

それはできないわよ。しばらく日本にいたから、仕事が山ほどたまっているもの。

”そうか、俺はホームレスか。

といって、電話を切ってしまった。
グラムは何度もうちに泊めてくれと頼んで、ノーと云われて、怒って電話を切っている。

どうしてDetox unitに移らないで病院をだされるのだろう?うちに置いてくれと言っている。どうしたらいいんだろう?
と書いて、ヘレンにメールした。

うちには医学生がいるから、的確に答えられるわ。グラムがDetox unitに行くのを拒否したのよ。それから、クレーグが言うんだけれど。あなたがグラントを引き取らないからといっても、決してあなたの責任ではないわ。当然の拒否だと言っているわ。グラムに何があってもそれは彼の自業自得なのだから。
癌で死にかけているからなのか、アル中が完全に精神病化してしまっているのか、グラムの精神状態はおかしいわ。とても危険だわ。ましてや、そんな状態の人間を家に入れるなんて考えられないわ。
全く、あなたの立場に本当に同情するわ。
私達はあなたとケントが危険な目に遭わないようにと祈るしかないわね。

と返事が来た。

彼らが心配してくれるように、うちに入れるなどもってのほかの状態なのだ。
けれど、彼はこの後どこへ行くのだろうか?

翌朝、タイミングよくキャロルからのメール。

メアリと話したわ。彼女の電話番号をあなたに渡してもいいって言ってくれたわ。
xxx-xxx-xxxxx、これがメアリの番号。彼女がグラムの健康保険は今月末で切れるらしいわ。 早速でも、電話して詳しいこと聞いた方がいいわ。 がんばってね。

私はケントをサッカーの早朝練習に落とした後、メアリにダイアルしたが、留守番電話に通じた。”電話と下さい”と私の携帯の番号を残した。
彼女から電話がかかって来たのは、私がゼントをサッカーの練習から迎えに行く運転中だった。30分後にかけ直していいだろうかと聞いたら,1時間後にしてくれというので、時間通りに電話した。
また彼女は電話に出ず、留守番電話に繋がった。
それから、15分、30分おきに電話したが、出なかった。
うちにおいてくれと頼んでいるグラムの話しをメアリとどうしてもしなくてはいけなかった。運転中だったために話しが出来なくて、そのチャンスを逃したら、もうチャンスはないのか?全ては彼女中心でなくてはいけないのか?彼女のクィーンのような態度が許せなかった。
昼に今度はアイスホッケーのキャンプにケントを連れて行かなくてはならなかった。
その足でターゲット(大手スーパーマーケット)にグラントの服を買いに行った。
もう3時間もメアリから電話がない。
ターゲットの駐車場で私は怒りを抑えきれない口調でへレンに電話した。

”オーマイゴット。かわいそうに。電話番号を言って。私がかけてやるわ。”

私は悶々としながら、グラムの服を選んでいた。
ホームレスなのだから、アイロンをかけたりしなくてはならないものはいらない。
サイズは?ミディアムでいいわよね。
スエットシャツ,スエットパンツ、これがいい。
カラーT−シャツ、2枚。肌着用のT−シャツ、Hanesのセットのでいいか。
アンダーパンツ。こんなタイプのを昔ははいていたから、こんなんでいいか。5枚セット。
靴下もいるわね。
これから寒くなるから、ちょっと暖かそうなジャージもいるわね。
ぶつぶつ言いながら、次々とカートに放り込んだ。
電話が鳴った。
メアリだった。へレンが電話で捕まえたんだと思った。

”ごめんなさいね。すぐに電話を返せなくて。明日からスコットランドに帰るのですることがいろいろあって忙しいの。”

仕事で?

”母の具合がよくないのよ。”

それは大変だわね。だいぶ悪いの?

”ええ、まぁ。今回は一週間ほどいて、状態によっては長く帰るようにしなければならないと思っているの。”

私も母を亡くしたところだから、よく気持ちはわかるわ。 ところで、グラムのことなんだけれど。あなたがグラムを追い出してから、うちにひっきりなしにグラムから電話がかかるのよ。今、彼は入院しているんだけど、彼と話した?

”アメリカに戻ったとは聞いたけれど話してないわ。”

じゃ、Pと言う人,知っている?

”ええ、グラントのクライアントだから知っているわ。”

そこに居候しているのよ。でも彼が今カリフォルニアにいるから、アパートには入れないらしいわ。その上、そこにある服や彼の持ち物も出せないらしいわ。 今日、病院から出されるらしいのだけれど、服がないから持って来てくれと云われて、買い物しているところなのよ。

”服なんて買わなくてもいいわよ。うちに一杯あるわ。”

うちにあっても、病院にはないでしょ。私はとにかく買って今日届けなくてはならないの。 私はあの人の子供を育てているだけで、あの人の面倒を見る必要はないのよ。 12年前にあなたに手渡してから、私には関係のない人なのよ。あなたが面倒を見れなくなったからイギリスに帰したでは、犬の子ではあるまいし、そう話しは簡単に終わらないのよ。 グラムはへレンに電話して、膵臓癌だって言ったのよ。2人の子供は父親が死ぬ前に会っておきたいから出てくると言う。私は日本から戻って来た日に、うちに置いてくれとメールがあって、ノーと言うと、その次に日に膵臓癌だという電話をしてきたの。その二日後からこの入院騒動。
退院しても行くところがないから、また私のとこに置いてくれと言うんだけれど、アル中を14歳の子供のいるうちにはいれられないわ。私は10月と11月にショーがあって作品を創らなくてはいけないっていうのに、この騒動でちっとも仕事に集中出来ないでいるし、その上、彼を抱え込むなんてできないわよ。グラムにケザウィックに行くように勧めているけれど、本人がその気にならないと駄目だし、順番待ちで、4−6週間かかると言っていたから、申請してなければ入れないわ。ケザウィックって12年前に私が入れようとしたリハブの施設。宗教的に厳しいしから、嫌がっているのだけれど。

”癌なわけはないわ。
わかったわ。どこの病院にいるの?”

セント,ルークス。xxx-xxx-xxxx。

”電話して退院のことなど、詳しいこと聞いてみるわ。それから、友達のダンカンにも聞いてみる。彼の息子がドラックの中毒者のリハブの施設をしているの。何度かグラムをそこにいれようとしたけれど、本人が行きたがらないので無理だったの。”

そうしてくれると助かるわ。

”じゃ、後で。”

へレンの名前は出てこなかった。へレンからの電話で、私にかけて来たのではなかった。
スパーマーケットで私が言いたいことのすべてを話すことなんてできなかった。
12年間,溜まっているものを男ものの服の狭間で聞き取りにくい携帯電話で話すほど簡単な内容ではなかった。聞きにくいと私の声も大きくなる。他の人にも聞こえていたんだろうな。
けれど、また機会を逃すと、この人といつ話せるのがわからないと思って、必死に喋った。

服を買って家に戻り、すでに買ってあった頼まれたものーヘアスプレーとひげ剃り、頼まれてはいないが、最低,生活に必要そうな洗面用具などを私の旅行用の入れ物にセットした。
その後、全てが入りそうなカバンを探した。私が余り使わない革のボストンバック、これをグラムにあげることにした。ちょうどいいサイズだった。
そんなこんなをしている間にケントを迎えにいく時間となった。

メアリが病院側がメアリと話しをさせてくれないと電話して来た。
彼女に病棟と部屋番号を教えた。
そこまですでに知っていれば、身内の者と証明出来て、話しを聞ける可能性があるかもしれないと思った。
メアリがもう一度調べて電話するからというので、家で待機することにしたが、2度目の電話もはっきりしたことがまだ分からないということだった。

メアリ,じゃぁ、私はとにかく病院に向かうわ。看護婦か、もしくは誰か状況の分かる人を私が見つけて、あなたが喋れるようにするわ。私達は今から出るから、私の携帯に電話をちょうだい。

たった5日間の入院中に私達は3回も病院に通うことになってしまった。
運転中にまたメアリから電話がかかった。

”事務局の人と話しが出来たわ。
彼が退院して行くところはラファイエットにあるクライシスセンターでベットが空いているかどうかまだ分からないらしい。その後、ラッセル・E・バレイズデールに行くことになっている.その後は、あなたが言っているケザウィックに行くらしいわ。”

ちょっと待って、運転中にそんなことを言われても、私は覚えられないわ。ケント,覚えれる? そうだわ。今言ったことメールしてくれる? 私、運転中だからケントと話して.この子は何度かそっちに泊まりにいっているし、知っているでしょ。

”ええ、ケント、そこにいるの?じゃ、メールアドレスを言って。”

病院で何かわかったら、連絡するわ。スタンバイしておいてちょうだい。じゃ。

連絡が繋がると、メアリという人は悪い人間ではなさそうだった。電話で事情を聞き出したのだから、たいしたもんだと思った。

フラッシュバック
私は母と話しを電話でした後,大丈夫だと母は言ったが、身体に酸素が入っていない気がして、福祉の人に母を訪ねてほしいと連絡した。その彼女が倒れている母を見つけて救急で母の病院に運んでくれた。その連絡を彼女から貰って、すぐに病院に電話をした。すると、緊急病棟の医者は、アメリカからかけているというのに、個人情報保護法により、病院まで来ていただいて身元を確認しないとお話し出来ませんと言ったのだ。今にでも死ぬかもしれない母のことをアメリカにいる娘に話しができないと整然と言い切ったのだ。日本は馬鹿である。だが、私はアメリカでも諦めないように、日本でも諦めなかった。その後は、私が日本に帰るまで、毎朝、9時に電話を入れると看護婦さんたちが母の病状を教えてくれるということになったのだった。

3度目の来院は簡単だった。駐車するところも、病室も知っている。
7時をまわっていたので、また部屋は暗かった。
隣りのベットには違う人が寝ていた。咳き込んでいた。
アメリカで5日間入院するというのは非常に長い。手術でも当日や次の日に出されるのが普通である。

服を持って来たわよ。サイズが合えばいいけれど。好き嫌いはこの際諦めてもらうわ。
どこに行くか知らないけれど、アイロンがいる服はいらないでしょ。

と言って、ひとつずつ広げてみせた。
結婚している時,彼は何一つ私が買って来たものを着なかった。だから、私は今回も彼のものを買うのは嫌だった。感謝されるはずもないと思っているからである。
自分で言うのもなんだが、私は趣味がいいと思っている.それなのに、感謝されなかったのは、彼が私をひどく見下していたからだと思う。

ひげ剃りはこれでよかったのかなぁ。

”うーん、頼んだものとは違うが、それでいいよ。気にしなくていい。
悪いなぁ、助かるよ。パーフェクトだ。ありがとう。”

と意外とまともに感謝してくれているような答えが返って来た。

”これが僕が行くところだ。看護婦がコピーしてくれた。”

メアリが言った通りで、クライシスセンター、ラッセル・E・バレイズデール、そしてケザウィックもプリントアウトされていた。

”ここはひどいところだと聞いた。ホームレスの集まりだそうだ。”

それはラッセル・E・バレイズデールだった。

ケザウィックに電話したの?

”した。申し込んでから4−6週間くらいかかると言っていた。”

私のところに来れないと昨日確認した後,どうやら、病院側がホームレス用に情報を与えたようだ。

もう遅いから、今日は退院させないでしょ。

”そうだといいがなぁ。”

大丈夫よ。今日はゆっくり寝た方がいいわ。明日は大変でしょうから。

”お願いがあるんだ。Pに連絡してくれないか?彼のところ置いているものを引き取りたい。明後日くらいにはカリフォルニアから戻って来るはずなんだ。けれど、僕はどこに行くことになるか分からないから、君にが引き取って来てくれると助かるんだが。コンピューターなど需要なものが預けたままだし、こうなると、彼を信用出来ない。彼の連絡先はメールで送っておく。今,全く現金がないので40ドルほど貸して欲しい。スーツケースの中に300ドルほど現金が入っているはずなのだが、そのお金は君に貰って欲しい。”

やりたくない仕事だと思った。この友達も想像外のとばっちりで、きっと怒っているに違いない。できることならば関わり合いたくなかった。

Pを信用出来ないなんて言ったら罰が当たるわよ。あなたの面倒なんて見る必要もないのにイギリスから戻ってから面倒を見てくれた人でしょ。感謝すべきだわ。
できることなら、自分でやってくれるといいんだけれど。自分で自分のものは確認した方がいいでしょ。

”できればそうしたいが、できないと思う。”

私が持っていた現金全部,60ドルを渡した。そして、グッドラックを言い渡して、退散した。
私達は晩ご飯も食べていなかったので、かなりお腹がすいていた。病院の前にデリとクレープ屋があった。そのクレープ屋は甘くておいしそうな匂いがしたし、人の入りもよかった。けれど、晩ご飯に甘いものという気分にはなれなかったので、隣りのデリでスープを頼んだ。なかなかおいしかった。

ここに来るもの最後よね。これも思い出になるわね、そう思わない?

”凄い思い出だね、マム。”

はははと私達は笑った。

食べ終わって車まで行くまでに、ケントはこういった。

”40ドルって言っているのに、60ドル渡すことなかったんやないかなぁ”

鋭い指摘だった。

できるだけ必要な物を詰めたつもりだけど、まだ必要な物があるかもしれないじゃないの。買い物をしたら、すぐなくなる金額だもの。

自分が一番、お金に困っているのに。

それはそうだ。

はははと私は笑った。

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