2009年12月2日水曜日

17. 馬に水。

その夜,へレンから電話があった。

”すぐに電話が出来なかったけれど、メアリと喋ったわ。
私とフーディがグラムの子供を持っているという理由で、グラムの全ての問題ごとのとばっちりが来るのは困る。特にフーディは近くに住んでいるからグラムが助けを求めて、しかも面倒を見なくてはいけなくなるから、可愛そうだって言ってやったわ。私は遠くに住んでいるから直接、問題を被らなくて済んでいるけれど。癌だと連絡があって、子供たちがパニックになったこととか、いろいろ言ってやった。彼女はそれはひどいわねとすごく同情してくれたわ。
でも彼女もこの12年間大変だったようよ。
彼女の豪邸は抵当に入って手放したのだそうよ。彼の保険代に1500ドルも払っていたそうだし、グラムのアル中で苦しんだと言っているわ。彼女も気の毒よね。
メールのアドレスくれたから、これからは楽に連絡出来るから助かるわ。”

さすがにこの2人はお金のことを沢山喋ったようである。
私が決して聞かないサブジェクトである。へレンが仕入れてくれるインフォは私が訊けないことばかりなので助かる。
メアリの人生がグラムのせいで大変だったと聞かされても、それは彼女の選んだ人生である。私が今、こうしてグラムのことで神経をすり減らさなくてはならないのは、とばっちりである。そこのところの違いをメアリにはどうしても分かってもらわなくてはならない。
メアリがカレンに送った今後のグラムの行き先を書いたメールはCCでうちにも送られて来た。

私もメアリが電話して来てくれたこと、病院に行った時のこと、グラムの状況などを簡単に話した。
一人の男に3人の女が関わっている。しかも私以外はお金を持った美人である。
グラムという男は、やっぱりラックを持っていると私は思う。

次の日の早朝,7時前、グラムからメールが入った。

ー 昨日は2人で来てくれてありがとう。持って来てくれたバックに入っていた全て、パーフェクトにフィットした。今日の朝は気落ちのいいシャワーを浴びた。持って来てくれたものを全部使った。ひげを剃り、髪をとかし、ヘアスプレーで整えた。僕のことを気にかけてくれて本当にありがとう。ラブ グラム。

どうやら、朝早く病院を出て行くようであった。

全ては予定通りにいってもらいたいものだ。
私は作品を創り始めていた。この状況において、作品作りは私の精神安定剤となった。作品を創るということは、一から何かを生み出す作用である。作りながら、デザインを変えていくので楽しい。仕事のように決められていないから、どんどん意欲もわいてくる。
手作業をしている間は、同じことを考えていても、苦にはならなかった。

彼がイギリスに送り返されて以来,電話が鳴ると、ドキッとするのが続いている。
グラムでありませんようにとIDを覗き込む。
それがこのところ,ずーっと、それはグラムなのだ。
病院にいている間はまだ居所がはっきりしていて安心だったが、誰の監視下でもなくなったグラムの足取りには不安があった。メアリは今日、スコットランドに発つはずだ。

夜、グラムから電話があった。

”本当に服や何かとありがとう。全部ちょうどいい大きさだった。”

”そうよかったわ。新しい場所はどう?

”行ったが、出て来てしまった。それは、それはひどいところだった。あんなところにいたらエイズになってしまう。注射を打とうとしたんだ。本当に、ひどいところなんだ。”

”えっ? じゃぁ、今どこにいるの?

”YMCA。ミッドタウンの。”

話し方から、酒を飲んでいると私は思った。
一体、どうする気なんだろうか?

”Pに連絡してくれたか?”

”いいえ、まだしてないわ。

”まだ、カリフォルニアにいるみたいだ。”

”これからどうするの?

”あぁ、大丈夫だ。何とかする。じゃ。”

お決まりの文句だったが、どうなるとも思えなかった。しかも、また酒を飲んでしまうとまともな思考能力はなくなる。全くお金のない人間がYMCAに泊まるのも難しいんではないだろうか?
私が知る限りでは、私が渡した60ドルだけのはずである。

電話をとるのが怖いと思ったのはこれが始めてのことだ。
この調子だと、警察から死体があがったと連絡があってもおかしくないような気がした。
だから、電話がないと今度は心配になる。電話がグラムからである限りは生きているんだから良しとしなければならなかった。

ジョージから電話。

”グラムから電話があって、謝ってくれたんだ。
あいつのこと、僕もだいぶ落ち着いて考えられるようになった。”

”そう、それはグッドニュースね。
犬でも、あんな風にイギリスに帰されたら、状況に対応できなくて,下痢をするわ。グラムが言うことを聞く訳がないわ。だから、心配したのよ。”

”そっちはどうだい?大丈夫かい?”

”状況はいいとは言えないわ。グラムの行き先が決まっていないし、毎日電話はかかってくるし。”

”気をつけなくてはいけないよ。こっちでも心配している。”

”ありがとう。”

私も余り時間がなくなって来たので、仕事に没頭する必要があった。スケージュールを決めて、ひとつひとつしていかなければ、ショーに出す作品は間に合いそうになかった。
作品を創りながら、ジョージとの電話のことを考えた。
でも、どうして謝ったんだろう?

夕方近くにはもっと心配になって来た。まさか、死ぬつもりじゃ?
私はなぜ、彼の自殺を怖がったかというと、酒の量が普通でないので、間違った判断をするのではと恐れたこと。グラムの父親のことから来る妄想。私ならこの状態なら死んでるかもしれないと思うからだ。
それに私は私の友達を自殺でなくしている。彼女は夫の浮気相手が彼女の親友と分かった日から毎日,死んでやると言って、本当に逝ってしまったのである。父の死ぬ2ヶ月まえのことだった。そんなことが起こるとは、あの時は思わなかった。だから、怖いのである。そんな連絡だけは受けとりたくないのである。

電話をしてみた。自動的に留守番電話に繋がった。
”大丈夫だといいけれど”
とメールボックスに残した。

それから1,2時間後に電話があった。

”どうしたんだい?こんなに朝早く。”

”グラント,夕方よ。大丈夫?”

”部屋が暗くて時間が分からなかった。”

時間の観念もないのである。一体どんな状態で部屋にいるのだろうか?

”ジョージから電話があったわ。話しをしたの?”

”あぁ、した。全て、大丈夫。”
と言って、切ってしまった。

グラムのことに関してはへレンだけが私の話し相手なので、電話してみたが,捕まらなかった。
すると、長い、長いメールが返って来た。

ー 電話は受けとったけれど,かけ直せなかったの。クレークが友達を連れて帰って来ているの。
グラムがクレークに、
”お金を貸して欲しい。このことはお母さんには内緒にして欲しい。”
というメールを送ってきて、
”22歳の大学生の僕にはそんな金はない。”と返信したらしい。
最終的にはグラムは、済まなかったと返信したようだけれど。
ひどい話しだと思わない?
detoxに入らなければいけないわ。
私がグラムの人生にまた介入しているのは,彼が膵臓癌で,またそのことを子供達に、あなたのおとうさんは死ぬかもしれないなどと話してしまったからなのだけれど、結局,癌ではなくアル中の問題だとなったら,私はもう関わり合いたくないわ。結婚しているときに散々なめにあって、これ以上は願い下げよ。
アディクション・センターのラッスル E バレイズデールに行く前に酒を抜いておかないと入れないわよ。そのためにクライシスセンターに行かなければならなかったのに,出て来てしまっているし。
そりゃ,ホームレスたちが行くところですもの、カリフォルニアの金持ちの行くクリニックのようなところではないでしょ。ひどいところに決まっているわ。
私はもう彼のドラマに関わりたくないの。父親は死ぬかもしれないと思って心配した後、死なないと分かったら、アル中でホームレスで金を貸してくれじゃ,親らしいこともしてもらっていないのにクレークもたまったもんじゃないわ。私達はもうグラムには降参よ。

あなたの立場は分かるし,近くにいるから怖いとは思う。私にはまともなアドバイスはできないわ。
私は彼のアル中の世界にはもう,決して、関わり合いたくないわ。
私の気持ち,分かってちょうだい。

気をつけて。へレン

ー ジョージ
から電話があったんだけれど、グラムはトムに謝ったらしいの。そのことを聞いた後、
私は彼が自殺するんではないかと思ったのよ。それで,怖くなったの。
グラムがクレークにメールした内容って、通常じゃないわね。
あなたの気持ちはよくわかる。

すると、早速メールが返って来て。

— そう,謝ったのね。よかったわ。
謝るべきだったもの。
大丈夫よ。彼は自殺したりしないわ。この状況って,このことわざに言い尽くされるわね。
“we can only lead a horse to water; we can’t make him drink”.
馬を水飲み場まで連れてはいけるが,飲むか飲まないかは馬次第。

そして,彼女がAl-Anon(アル中を家族に持つ者たちのためのミーティング)で勧められて読んだ本が私の助けになるかも知れない言った。
“The Language of Letting Go-Daily Meditations for Codependents” by Melody Beattie published by Hazelden Foundation.

クレークにお金を借りようと思うなどとは、グラムはすっかりいかれている。
ジョージに電話して謝ったということが、グラムの自殺?に結びついたが、これらの話しを聞いていると、彼が死ぬなどということはないような気がして来た。落ち着いて考えると、今日はジョージの誕生日だった。勿論,最愛の兄の誕生日はいくら酒を飲んでいても忘れなかったようである。誕生日と言う立派な名目で最愛の兄に電話がしたかったのだろう。
ジョージの誕生日は忙しい日となった。ビルからもメールが来た。

ー ケザウィックに行くべきだと思う。おそらくこれが彼の人生で立ち直るための最後のチャンスだろう。彼の場合,すでに頂点を超しているから,余り期待ができないという気もするが,本人がその気になるならば、僕が手付けにいるという240ドルを出そう。これぐらいしか僕は彼にしてやれない。これ以上のことはできない。これ以上のお金は出せない。今回,彼が更生出来なければ,もう僕たちには何もしてやれないだろう。チェックを送る住所を教えてくれ。今,孫が来たのでしばらくは、ばたばただ。ビル

ヘレンの言う通りで、私も関わらなくて済むなら関わり合いたくはない。
しかし,うちに連絡がある限り私はこの騒ぎがおさまるまで関わらなくてはならないのだ。
誰もがグラムが行かなければいけないところを知っている。
私達ではなく、アル中の専門家が彼を救わなければならないのだ。
それなのに,誰も彼をそこに送り込めないのだ。何かが間違っているからそれができないのである。

誰が水飲み場まで連れ行くんだ?

誰かが正しいことをしなければ,いつまでたっても同じことの繰り返しなのだ。そして誰もが間違った判断で,間違った扱いをしているように思えた。12年前,いやもっと前,始めてグラムに出会った時から,彼は人間的にチャームを持ているくせに酒を友にする度に間違った方向を向いて進んでいた。それを誰もが知っているのに,誰もが方向を変えらせ得ないのである。緊張状態の中、今これを終わらせなくては終わらさせる時はもうないだろうと思った。
私が水飲み場まで連れて行かなければならない私なのだと思った。

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