2010年2月2日火曜日

22. 12年前の真実。その1。

12年前、彼のメアリのところの外泊が増え、酒が増えるにつれ、そして私のその日、その日恐怖感が高まるにつれて、今後の自分のするべきことを考えた。
  • 私立探偵を雇う。
  • 弁護士の確保。
  • 占い師にみてもらう。
  • グラムのとの会話は出来るだけ録音する。
  • 無断外泊を一泊、NYのホテルでする。
< 私立探偵を雇う。
この頃は私は自分のコンピューターはなかったし、グラムのコンピューターのパスワードを知らないし、使い方も分からなかった。調べる手段はイエローページ!
見つけた私立探偵を訪ねて、2人の会話をテープに取って、不倫の証拠はあるが、不倫の現場の写真も必要かどうか聞いた。
彼はこう言った。

そのテープは使えないよ。
第三者の会話を盗聴するのは罪なんだよ。君がその会話に加わっていなければいけない。
ましてや、そのテープを持っていると相手の女に分かって、そのテープが彼女のところに渡ったら起訴され、君が不利になる。
と教えてくれた。

どうやって盗聴したのか?とこの探偵は興味津々で聞いた。
<私の手口>を話した。
グラムは私たちの2階にあるベットルームをコンピューターを置いて、仕事場として使っていた。この部屋はかなり広く、バスルームも付いていた。メアリに電話するときにはグラムは必ずこの部屋に籠った。私は一階のダイニングルームを仕事場にしていたので、ほとんど一階にいた。赤ん坊が別の部屋で寝ているときに使うモニターを私達のベットの下に設置して、これはグラムが家にいる時はいつもオンの状態。グラムが2階に上がると私の手元のモニターをオンにすると、グラムの動きが全て分かった。グラムは私をごまかしているつもりで、FAXの番号からメアリに電話していた。彼女との会話が始まると留守番電話をFAXの番号に繋げ、オンにして録音したのだ。いつも酔っぱらっていたから、まさか私がそんな仕掛けをしているとは思わなかっただろう。そうやって取った会話を私は聞いていたので、ほとんど彼らのスケージュールを知っていた。
そのテープの中に、“ひどい結婚”というグラムの言葉があった。私を卑下している言葉があった。我慢にも限界があるというもので、この状態で生活を共にすることはもはや考えられなかった。どのようにエンドにするのか、それが私の課題だった。

ともかく、私立探偵に感心されているようではどうしょうもない。
写真も自分で撮れるかもしれないと思った。
しかも、私は友達の友達から内密に特別なルートから調べてもらって、メアリの全ての連絡先も知っていた。彼女の夫の名前まで。私立探偵は必要なさそうだった。

問題はメアリは少し名の知れた人だというところに問題がある。私が事を起こせば、メアリはご主人もいるので話しも大きくなるかもしれなかった。私も気をつけて行動しなくてはいけないようだった。そう助言してくれただけ、私立探偵に出会った価値はあった。

私立探偵は、
”あなたは何人なのか?”と聞いた。
私は本名を名乗らなかったので、彼には私が中国人なのやら、韓国人なのやら、日本人なのやら分からなかったのだろう。
私は彼には2度と会わないだろうと思ったので、
”想像にお任せする。”
と答えて退散した。

< 弁護士の確保。
懇意にしているアメリカの家族の長男が弁護士になった頃で、彼の弁護士学校の時の友達などとバーに行ったりしていた頃だった。その仲間の一人が離婚関係の弁護士だった。彼女は自慢げに私のような移民局が絡んでいるケースを取り扱っているというので、私のケースをやらないかと持ちかけた。そして、やりたいというのでケースを依頼した。
問題が持ち上がる度に、連絡してプロの意見を参考にしようとしたが、残念な事にこの彼女には知識が足らなすぎた。自慢していた移民関係のことなど何も知らないと言っても過言ではなかった。
私の立場が悪かったのはグラムをスポンサーにしてグリーンカードを申請していたことにある。この年に移民局はグリーンカードの順番待ちでも合法のビザを持っていなければならない。持っていない者は不法滞在とみなすという法に変えた。私は合法のビザを確保していなかったので強制送還もあり得た。
金も地位も夫も美貌もある女が、私のアル中の夫をほしがっているなら私はリボンをつけて差し上げたかった。私がこの国で自分の子供を育てて行くためのお金、それがこの2人から貰えて、私が合法に働ければそれで良かった。
私の雇ったこの弁護士は、いくら私の立場をが説明しても、私がメアリに嫉妬しているということに視点を置いた。相手にそう思われると言って引かない。私はこの2人に馬鹿扱いされている事には腹が立っていたが、この機会にグラムを追い出したかった。それは嫉妬などはなかった。
裁判官がそう思うと言うなら、それなら思われないように弁護すればいいのである。
私の立場を優位にするための口実を考えるのが弁護士の仕事ではないのか?
私が主張している私のグリーンカードの立場のこのことに触れればいい。そのための知識を勉強すればいい。
暴力に触れればいい。
お金を入れない事に触れればいい。
家に帰って来ない事に触れればいい。
交渉する前に一般論で済まそうと諦めた姿勢だった。
理解力や知識に欠けている上に、その電話のやり取りの時間まで請求書が来るという最悪の状態だった。
ついに移民局のことは専門でないから分からないと言い出して、ニューヨークに事務所がある移民関係の弁護士を紹介した。

< 占い師にみてもらう。
仕事先のキムが教えてくれたタロット占い師に逢いに行った。
八方塞がりの時や人生の節目で自分の考えが正しいかどうか迷ったときに私は占いに行く。
滅多に行かないが節目には結構、自分の決断の役に立つ。
リトルイタリーのはずれにあるブラウンストーンのビルの一階に12匹の犬と住んでいるアメリカンイタリアンのタロット占い師。結構、有名な人である。
ジョン・レノンもみていたと雑誌/タイムアウトに載っていたことがあった。
だから彼は高い!通常の3倍。
電話で予約を取るときに、霊感で人を選ぶとキムは言った。
電話をかけるといつも彼は電話に出た。しかも、予約の時間も仕事の納品に合せたかったので私の都合のいい時間を言うと問題なく予約が取れた。
見てもらう前にいろんなことを喋らない方がいい。嫌がられるからなどとキムは教えた。
だから、私は彼の言う事を聞いていただけだった。
彼はこう言った。

法的な手続きが見える。
弁護士を雇いなさい。2人、必要かもしれない。

グリーンカードは取れるのである。

この時は、まだ移民関係の弁護士に会う前だったが、すでに予約は取ってあった。
この占い師の言葉は私の背中をポンとついた。
この言葉さえ聞ければ何も怖いものはないと思った。
しかし、現状はそんなことがあり得る状態ではなかった。

グラムは毎日酔っぱらって、メアリの事に触れると恐ろしく怒り、私を罵しった。
その度に、不法滞在のお前をこの国から追放してやると脅した。
お金は一銭も入れなくなった。2人の口座には一銭もなかった。
家賃はもちろん払わない。大家は私を懇意にしてくれて可哀想に思ってくれていたから、グラムに払うように言ってくれたが、結局は私が払った。そんな事が2,3ヶ月続いているので、大家は警察を呼んでグラムを抑制処分に(Restraining Order)すべきだと言った。
新しい事をこうして学ぶのだ。Restraining Orderとは?

危険人物が自分の近くに来て危険な目に遭わないように法で守るオーダーの事。

それをする事が、移民局との関係にどう響くのかは分からなかった。
緊急に向けての知識と防御が必要だった。だから、私は着々と知識を増やしていった。

21.神様は優しい。

車に乗り込んでGPS(ナビ)にリハビリの住所をインプットして出発。
”堪忍しているグラム”からの言葉はほとんどなかった。私も一体、何を話しかけたのか覚えていない。15、20分の運転だったので,あっという間に着いた。
ナビは目的地だと言うがそこには建物がないのである。
何処から入るのか迷った。グラムは私が間違っていると、方向を支持した。
しかしその方向は間違っていて,私が選んだ道が正しかった。
仕方なく私はグラムにこういった。

やはりあなたはまだ自分の行くところが分かっていないらしいわね。

私のことを黙って聞いた方が良さそうね。


車を停め2人でビルに入った。ビルは奇麗だったし、一階の受付の人も優しかった。
悪いところにきたとは思えなかった。
人里離れていると言う場所ではある。バスは出ているようだったが、車以外のアクセスしかなさそうだった。散歩をするのに悪いところではなさそうだ。
私達の行くのは6階だった。そこが彼の行くところであった。
広いホールに机とソファ、閑散と置かれていた。
アットホームな感じはない。
そこにいた受付の女の人に今日から御世話になるグラムで、ブルースに会いたいと私は言った。
彼女はグラムがどこから来たかとを聞いた。
グラムは私のところにさせてくれと言ったが、そういう訳にもいかない。
私は私の立場や彼の状況を説明して、彼がホームレスであることを話した。
すると、グラムはコネチカットからき来たとメアリと一緒のいた場所を言った。
受付の彼女は私に緊急の連絡先にはなれないかと聞いた。
それならなれると、その書類に私のインフォメーションを書き込んだ。
しかし、メアリがその立場になるべきだと私は思っていた。
しかも、グラムもコネチカットに住んでいると言っているのだ。
男の人がドアから出て来た、私はてっきりブルースだと思った。
"ブルース?”というと、
”いいえ、僕はカール。”
違う人だった。そして、グラムを連れて中に入っていった。
10分程して戻って来て、じゃ、カバンを持って中に入ろうと言った。
どうやら、飲酒のチェックだったようで、グラムはパスしたようだった。
”携帯は持っていますか?”
とグラムに聞いた。
”はい、持っています。”
と見せると、
”彼女に渡してください。電話やコンピューターは持ち込めません。”
彼の電話は私の手のひらに。
私がどれだけこの電話をほしがっていたか!
実際、今はメアリの電話番号をキャロルから聞いて知っているので、用がないといえばないが、この電話に真実が眠っているのは明らかだった。
そして、グラムがこの電話が私の手に入らないように肌身離さずに持っていたのに、有無を言わせず、電話は私の手の中に。

電話を握りしめて、神様は本当に優しいと思った。

けれど、その電話を持って帰ったもののその電話が鳴っても出る気にはなれなかった。
その電話は私のサイドテーブルに置かれた。

私の仕事はまだ残っていた。Pのところからグラムの物を引き取ってこなければならなかった。
メールで連絡した。
私の都合のいい時間や日を書いて、Pの都合のいい時と合うようならば、取りに行くと。
すると、明日の夜なら、よいが出来ているというメールが帰って来た。
ではケントのアイスホッケーの練習の後に取りに行くとメールを返した。
夜中なら道がすいていて15分位でで行けるし、駐車も楽だと思った。

グラムの電話をポケットに入れた。Pの連絡先は私の電話にも入れたが、万が一間違っていたら、グラムの電話を使えばいいと思ったからだった。
ケントは新しいチームに入ったばかりで私はチームの両親たちを誰も知らないので、練習を待っている間、話し相手もいないので、グラムの電話を取り出してみた。そして彼のメールを見出した。
すると、一ヶ月前からのメールがそこにあった。その一ヶ月は私が日本に行っている間のメールだった。
神様が”読みなさい”と言った気がした。
Pとのメール、メアリとのメール、彼のクライアントのメール、
読み出したら、最初から現在まで読まなくては気が済まなくなった。何よりこれらのメールはは、Pに合う前だったので随分彼らの関係を知るのに役に立った。
Pは酒浸りのグラムに優しく接したことは、メールの書き方で分かった。
そこにある名前は彼のイギリスやスコットランド、ノースキャロライナの家族以外、そしてメアリ以外、たった一人の名前も私は知らなかった。

アメリカに戻ってからのグラムのことを知らないと言ったメアリはグラムにひけを取らない嘘つきだった。真っ赤な嘘は電話の中にあった。
メアリ宛のメールが一杯だった。愛している、つらいと言った言葉が延々と書かれ、病気のメアリの母のことを気遣う言葉が多かった。
メアリはクールな返事を書いていた。
淡々と、あなたはこの状況から自分で這い出せるはずだと言うのである。そんな風に酒を飲んでいるとPにも追い出されるわ。と書いてあった。
メアリは私にPのところにいることは知らなかったと言ったのだ。
どうして、その嘘が必要だったのか?私にはわからない。
私のこともこう書いてくれてあった。
”あのひどい結婚から出て、君に愛を。”という文を読んだ時、私はピエロの顔をして立っていた。
この言葉は12年前にも聞いた。